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市報松江 2019年9月号

コラム神国の首都 Vol.117

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島根県松江市 クリエイティブ・コモンズ

55年前の1964(昭和39)年9月22日夕、朝方の雨で水たまりが残る未舗装の国道9号。沿道に集まった人たちは背伸びしながら、その時を今か今かと待っていました。やがて先導の白バイに続き、白い煙をたなびかせた一団が現れると期せずして沸き起こる歓声と拍手。アジアで初めて開かれた東京オリンピックの聖火は、東京から遠く離れた、この地でも未来に夢を膨らませる〝希望の灯〟として熱狂的に迎えられ、送り出されたのでした。

■聖火リレー列島めぐる
当時の聖火リレーは、ギリシャのオリンピアで採火された後、中近東、アジア各国を経て「聖火空輸特別機」で9月7日に沖縄着。2日後に沖縄、鹿児島、宮崎、千歳の4コースに分かれて全国47都道府県を巡ります。島根には広島から赤来峠越えで入り、斐伊川土手を走って松江へ。JOC(日本オリンピック委員会)の記録によると、聖火は県内79区間(138・2キロメートル)を1817人の走者で引き継がれました。
中学3年生だった私も、聖火ランナーの随走者として賑わいに加えさせてもらいました。白いランニングシャツの胸に日の丸と五輪のマーク、手に五輪のマーク入り小旗を持って走ること7分。当時の記憶はほとんどないのですが、セピア色になった写真が1枚。そこには白い煙を上げて燃えるトーチを持った私。引き継ぎ後に聖火ランナーから〝チョイ借り〟したようで、気恥ずかしい表情をしているのが、今でも気恥ずかしくて…

■祭り騒ぎの’64五輪
映画「ALWAYS三丁目の夕日’64」は、55年前の東京オリンピックが舞台。白黒からカラーに変わったテレビで開会式の中継を食い入るように見る人々。その頭上をジェット戦闘機が通り過ぎます。何事かと家から飛び出して見上げる青空にブルーインパルスがスモークで描いた巨大な五輪のマーク。背景に完成間もない東京タワーがそびえ立ちます。
敗戦の荒廃、混乱から立ち直り、高度経済成長の真っただ中の日本列島。東海道新幹線や東京モノレール、地下鉄が開通し、太平洋ベルトと呼ばれる工業地帯に林立した煙突からは黒煙が立ち上っていました。どこまでも朗らかな三波春夫歌う「東京五輪音頭」、エレキギターの甲高い音も相まって列島全体が浮足立っていました。

■’20は車で聖火移動
2020東京オリンピック開幕まで1年を切りました。夢再びと思えども、55年の歳月は五輪の立ち位置をすっかり変えてしまいました。オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックなどの経済変動、阪神淡路大震災、東日本大震災をはじめとする自然災害、少子高齢化、東京偏重と裏返しの過疎化といった社会変動などなどで土台は安定感を欠き、肝心の東京でも盛り上がりは今ひとつのようです。
(瑛)

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